上柳昌彦 ラジオの人

上柳昌彦
(うえやなぎ・まさひこ)
誕生日:1957年8月1日
星座:しし座
血液型:B型
出身地:大阪府
趣味:スポーツジム通い

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2017年3月6日

東北3県取材メモから
3月4日土曜日と5日日曜日、東北3県を訪ねました。この6年で知り合った方々を訪ねてお話を伺う旅です。

今回はその取材メモから・・・

★4日11時 陸前高田



「奇跡の一本松」近くの「一本松茶屋」内の喫茶店「つるや」の臼井さんはもともと市内の和菓子屋さんのご主人。沿岸部に砂浜、3mの防潮堤、松林、12,5mの防潮堤を建設中。全長12.5mの防潮堤はほぼ完成。海は全く見えなくなった。弱い部分を時速40キロの津波が襲ったら防ぎきれるかと臼井さん。



市の中心地をどこにするか2つの案があり、一つは以前より内陸部の今仮設の市庁舎が建っているあたり。もう一つはもう少し海寄りの図書館やショッピングセンターを建設中の場所。
復興の予算で依然と同じ規模の市庁舎や警察、消防の庁舎を建てようとしているが、人口が減っている陸前高田市にそれだけの建物が必要かどうかを考えて欲しいいと聞く。昨年この地で生まれた赤ん坊は10人。

★4日13時 大船渡
福山雅治さんが「竜馬伝」の大船渡ロケ撮影時によく食べていた「百樹屋」さんのカレー南蛮。被害を受けた店舗を今の場所に移して5年。いつもながら辛いけれど美味い!ご主人奥様もお元気でなりより。



その後写真屋「太陽堂」のご主人にお会いする。震災当時は遺影写真の作成作業を連日行い、精神的に相当に辛い思いをされていたが、今回は穏やかな笑顔で迎えてくれた。津波を受けた海側に商店街が完成することはうれしいが、そうなると建築関係に従事した人々が街を去ってしまう。飲食店利用やアパートを借りている人がいなくなることが心配と聞く。

★17時 石巻
福山雅治さんの24時間震災特別番組で、石巻の現状を伝えた中学教師の竹内先生と夕暮れ迫る日和山公園で待ち合わせる。歌手のクミコさんが駆け上がって津波から逃げた日和山から街を眺めながら震災当時や現状を聴く。



津波も前には会議や研修で通った場所の風景よりも、津波後の何もない草原の景色の方が日常になってしまい、昔の姿の記憶が薄らいでいると先生。また卒業式を明日に控えその準備をしていて地震を経験した子どもたちが多いため、今でも卒業式が近くなるとPTSD〈心的外傷後ストレス障害〉に悩む子もいる。だから子どもたちの気持ちや行動をしっかりと見ていることが大事と先生。被災した当時小学生から中学生の子どもたちにとって、卒業式が近いとは、そう日なのだ。




★5日9時 仙台
荒浜の防潮堤と慰霊碑から穏やかな海を見てから宮城野区の遠藤さん宅に向かう。震災3週間後にたった一軒だけ津波に流されなかった自宅の前で泥だしのスコップを周囲にたまった海水で洗っていた中学生君に声をかけて以来、毎年お話を聞いている当時中学生のお母さん。5年間が一家4人で借り上げ住宅の6畳2間のアパートで暮らしていたが、1年前に1200万円かけてリフォームし戻ってきた。泥だらけで床もめくれていた室内は見事にリフォームされていた。しかし1500万円の住宅ローンもあり典型的な二重ローンに。ご夫婦フルタイムで働いているがご主人が60才で定年。嘱託になると収入が減るのことが悩ましい。仕事もあって家族もみな健康なのでローンに関しては国や自治体からの援助はない。このような話はほとんど報道されないですよねと遠藤さん。長男は社会人に、当時の中学生君はこの春から大学3年に。がんばれ!遠藤家。

5日13時 南相馬
南相馬の原町で、震災後原発事故により多くの方が避難した中で、残った高齢者の方々に食料品を提供し続けた「まちなかひろば」代表の石沢さんに1年ぶりに再会。
避難指定解除になった南相馬市小高区にもどった住民は1400人帰還率は11%で年配の方が大多数。スーパーなどもないため買い物が大変。住人が少ないから大手スーパーも店を開けられない。浪江町や富岡町もこの春に指定解除になるが避難して6年たてば避難先に知り合いも増え、小学1年で転校した子どもも6年生になる。
現実問題として若い夫婦にとって戻るという選択することはなかなか難しい。市内の新築の復興住宅にスン方も年配の方が多い。
南相馬産の米、野菜は風評被害を乗りこえて大手スーパーでも扱うようになった。しかし魚、山菜はまだまだ厳しい状況。
市内の除染も進んだのか、作業員が住んでいたアパートに空きが出始めている。
南相馬市の問題は震災前もそうだったが、「相馬野馬追」に匹敵するような通年の観光に結びつくイベントが少なく、近場に温泉もないので、どうしても通過される街になっているという現状をどうするかということ。
復興住宅での孤独死も発生しているようで「まちなかひろば」としては大手スーパーと共存しながら、一人一人とゆっくり話が出来る店でありたいと考えているとのこと。
そして、福島県立商業高校の商業研究部の生徒さんたちが開発した商品「かぼちゃのあしあと」をお店で扱っていたがおいしかった!



最後に石沢さんは、様々な災害が発生した後に避難することになる。その後の1年、5年、10年とう長いスパンで衣食住の事をもっとシミュレーションして対策を立てるべきとおっしゃった。

駆け足で巡った東北3県ですが、「あさぼらけ」「金曜ブラボー。」
そして3月11日午後1時からの特別番組「東日本大震災から6年!復興は今!」の中で様々お話をしていきたいと思います。
お話を伺った皆さんに心より感謝申し上げます。